取得価額よりも時価が上回っているときの未決済の利益を、「含み益」といいます。会社が保有する不動産に含み益があるとき、株式の価格はどのように評価するのが合理的といえるのでしょうか。株式算定が争点となった一つの裁判例として、今回は旧TF社案件についてご紹介します。
旧TF社案件の概略
旧TF社は、映画・演劇・興行を行う上場会社旧T社の子会社であり、旧T社グループの不動産管理・売買・仲介を行う不動産会社でした。旧TF社も上場会社であり、旧TF社の株式の約59%は親会社である旧T社が保有していました。
2013年1月の旧T社の取締役会にて、旧TF社の株式100%取得を目指し、完全子会社化することを目的として@735円で旧TF社の株式を公開買付することを公表しました。
その後、2013年5月24日に旧TF社の株主総会決議で承認され、2013年6月24日に旧TF社は上場廃止となり、2013年6月28日に@735円で旧T社は旧TF社の株式の全部を取得しました。
2013年1月の公開買付より以前の旧TF社の株価は、概ね@400円代から@500円代を推移しており、公開買付以降は市場がTOB価格@735円を意識したためか概ね@700円代から@800円代を推移していました。なお、旧TF社が保有する不動産には多額の含み益はありました。
旧TF社の他の株主は、強制的に持ち株を手放さなければならなくなり、こうした強制的な株式買取に反発した旧TF社の一部の株主は@2400円を目安での買い取りを主張しました。しかし、双方の隔たりが大きく、協議が整わず、旧TF社の一部の株主が裁判所に対して公正な価格の決定を求めるよう申立てを行いました。
2015年3月の東京地裁では、公正な価格は当初の旧T社のTOB価格@735円より@100円引き上げた@835円と決定しましたが、この判決に対して双方が不服として高等裁判所へ抗告されました。
2016年3月の東京高裁では、公正な価格は@735円と決定しました。
旧TF社案件における、買い手側の旧T社の主張
・旧TF社の公開買付の公表時点の2013年1月8日における客観的価値は、公表日6ヵ月前から公表日までの終値の平均の@442円と考える。この客観的価値に60%以上ものプレミアムを加算した金額@735円での買い取りは公正な価格と考えられる。
・過去の裁判の事例を見ても、株式の客観的価値を公開買付の公表日6ヵ月前から公表日までの終値の平均とし、この客観的価値に約20%のプレミアムを加算して公正な価格としているケースがある。よって、過去の裁判例で認められた手法と同様の手法と考えられる。
旧TF社案件における、売り手側の株主の主張
・旧TF社が保有する土地や建物には多額の含み益があるので、こうした含み益を買取価格に反映させることが合理的と考えられる。
・旧TF社が作成している有価証券報告書によれば、旧TF社の帳簿上の純資産は約@600円、不動産の含み益を考慮した時価での純資産は@2400円となる。
旧TF社案件における、東京地裁の見解
・公開買付公表直前の2013年1月8日の終値は@552円で、公開買付で株式を取得した2013年6月28日までにインデックスが26%上昇している。インデックスの上昇は株式相場全体の上昇と考えられるので、もし仮に公開買付を行わずに旧TF社が上場を継続していたとしたら、2013年6月28日時点では@552円×(1+26%)=@696円が客観的価値と考えられる。この客観的価値に平均的なプレミアム20%を加算すれば@696×1.2=@835円となる。
・時価純資産で評価するのは清算を前提とした会社とするのが合理的であり、旧TF社の場合は時価純資産価値を考慮するのは合理的ではない。
旧TF社案件における、東京高裁の見解
・旧TF社の不動産の含み益については、旧TF社の市場の株価に適切に反映されていたと考えられる。旧TF社の公正な価格としては、市場の株価を基準とするのが一般的である。
まとめ
会社の株式の価値が争点となった裁判例として、旧TF社案件についてご紹介しました。
この事案では、公正な価格についての東京高裁の決定は、買い手側が主張する当初の公開買付と同じ金額となりました。
売り手側は旧TF社が保有する不動産の含み益があることを理由に相当高い金額での買い取りを主張したようですが、上場会社の市場株価にはこうした不動産の含み益は織り込んだうえで株式の売買取引が行われているとみるのが合理的という風に捉えられます。
株価算定は複雑で専門性が高いので、疑問点などございましたら弊社までご相談ください。