将来期待される利益、またはキャッシュ・フローに基づいた株式算定法であるインカム・アプローチの一つに、配当還元方式(ゴードン・モデル)があります。今回は、この配当還元方式(ゴードン・モデル)による評価を採用した裁判例として、旧D社案件をご紹介します。
旧D社案件の概略
当時は株式譲渡制限付きの未上場会社であった清掃事業会社の旧D社。少数株主の譲渡承認請求を会社が承諾せず、株主が買取請求権を行使して公正な価格で株式を買い取るように会社へ請求しました。買取価格を当事者間で協議したものの、合意に至らず、裁判所に買取価格の決定が求められた事案です。
売主側は、旧D社が上場基準を満たすほどの大会社であり、上場の可能性が高いことから、相続税及び贈与税について財産評価基本通達が定める「類似会社比準方式」または「類似業種比準方式(いわゆる国税庁方式)」で株価を算定することが適しているという見解で、1株当たり13,580円と主張しました。
買手側は、配当還元方式(ゴードン・モデル)が適しているという見解で、1株当たり2,754円と主張しました。
裁判所は、清算価値に基づく時価純資産価額を上回っている限り、配当還元方式(ゴードン・モデル)が少数株主にとっての株式価値であるとして、配当還元方式(ゴードン・モデル)の単独による評価を採用し、1株当たり4,687円としました。
旧D社案件における、配当還元方式(ゴードン・モデル)の採用
この判例で、配当還元方式(ゴードン・モデル)の単独による評価が相当とした理由は、下記の通りです。
・一般的には、少数の株式を保有する、いわゆる非支配株主が会社から受ける財産的な利益は配当である。よって、会社の経営支配権が無い少数株主の株式の評価は、将来の配当利益を株価の要素とすべきである。
・ただし、配当は会社の経営陣の政策で決まるものであることを考慮すべきであり、多数株式保有者と少数株主の利害をふまえ、会社の解体価値で計算される株価を最低限とする。また、収益力が十分でないとき、将来の配当の予想が困難なとき、会社の解散・清算・遊休資産の売却の可能性があるときなどは、会社の解体価値を株価算定の要素として考慮すべきと考えられる。
・本件では、将来の配当利益を算定基礎とすることが最適であり、利益及び配当の今後の増加傾向を予測する配当還元方式(ゴードン・モデル)を採用することが合理的である。
・収益還元方式は、将来獲得することが期待される利益を現在価値に還元する方式ではあるものの、純利益の中から内部留保で設備投資に利用する部分があることを考慮すれば、本件で採用することは合理的ではない。
・相続税財産評価基本通達が定める「類似会社比準方式」または「類似業種比準方式」は、国税庁方式ともよばれ、課税技術上の観点で定められた税務上の方式であり、個人的な利害対立を背景にした本件で採用することは合理的ではない。また、上場会社と想定して類似業種、類似会社の株価に比準して株価を算定するには類似した会社を確保するのが困難である。
旧D社案件における、配当還元方式(ゴードン・モデル)による株価算定
この案件では、配当還元方式(ゴードン・モデル)による1株当たり評価額が、下記の通り算定されました。
・1株当たり配当は、将来予測される年間配当金として150円
・資本還元率は、政府保証長期公社債の応募者利回り6.22%に、市場性欠如によるリスク・プレミアム50%及び譲渡制限によるリスク・プレミアム10%を加算し、0.1026
・投資利益率は、0.101
・内部留保率は0.699
・1株当たり評価額は、150円/(0.1026-0.101×0.699)=4,687円
同じ配当還元方式(ゴードン・モデル)であっても、投資利益率について、業界平均値で算定した限界自己資本利益率で算定した手法は採用されませんでした。
また、同じ配当還元方式(ゴードン・モデル)であっても、資本還元率について、長期国債利回りを基礎として、また、中小企業によるリスク・プレミアム10%も更に加算して算定した手法は採用されませんでした。
まとめ
会社の株式の価値が争点となった裁判例として、旧D社案件についてご紹介しました。
この事案では、清算価値に基づく時価純資産価額を上回っている限り、配当還元方式(ゴードン・モデル)が少数株主にとっての株式価値であるとして、配当還元方式(ゴードン・モデル)の単独による評価を採用しました。
株価算定は複雑で専門性が高いので、疑問点などございましたら弊社までご相談ください。