M&Aや事業承継、株価に関する裁判や係争問題、経営戦略の検討など、重要な場面で株価算定が行われることがあります。弊社がこれまでに裁判目的や同族間での株式譲渡取引などの株価算定の業務を受嘱し、株価算定書を作成・提出した中から事例をご紹介いたします。守秘義務等の関係で、固有名詞を伏せて要旨を簡潔に記載しますが、ご了承ください。
株価算定の業務の依頼の背景
対象の会社は主として食品業界や医薬品業界向けの機械の設計、製造、保守、メンテナンスを行う事業会社、評価時点で業歴は約60年、部品の仕入先及び機械の販売先は大手企業及び中堅企業が中心、売上高は10~15億円、営業利益及び経常利益は50百万円~1億円、直近決算の貸借対照表によれば総資産約18億円と総負債約22億円で債務超過約4億円です。過去に業績が芳しくなかった時期はありましたが、最近は黒字が続いており、債務超過の解消に向けて取り組んでいます。
M&Aで対象会社の株式を譲り受けることを検討しており、対象会社の価額の目安を提示してほしいということで、株価算定のご依頼を受けました。
株価算定の依頼者の法人は対象会社と同業であり、対象会社の過去の実績、最近の業況、取引先に着目されています。
採択した評価方法と株価評価の結論
対象会社は半世紀を超えた業歴を持つ事業会社としての実績があり、営業基盤を持ち、特に最近は収益性の改善に取り組んで黒字化に成功しています。今後の業績見通しに基づいた将来のキャッシュフロー予測を考慮し、インカム・アプローチのうち、ディスカウント・キャッシュ・フロー法で評価することは合理的であると考えました。ただし、対象会社は事業計画を策定しておらず、過去3年分の売上高及び営業利益を平均した数値を用いて、ディスカウント・キャッシュ・フロー法で株価算定を進めることは合理的と考えました。
また、対象会社が直近の決算で債務超過となっている他に、資産の含み損益や引当金の計上不足を考慮して対象会社の実態価値を考慮すべきであり、ネットアセット・アプローチのうち、時価純資産法で評価することは合理的と考えました。
なお、マーケット・アプローチでは事業や企業規模の面で類似した上場会社の株価を用いた対象会社の評価を行うことが困難なため、採択しませんでした。
以上より、ディスカウント・キャッシュ・フロー法と時価純資産法を併用した株価評価を行うことが合理的と考えました。
ディスカウント・キャッシュ・フロー法による評価
対象会社は事業計画を文書で作成しておりませんが、主な販売先が属する食品業界、医薬品業界は今後もある程度安定することが見込まれること、また、収益性や採算に関しても特に大きい変化は生じないことを考慮しました。
対象会社の単年度のフリー・キャッシュ・フローは、直近3年の営業利益の平均値72百万円から税金負担30%を控除した50百万円と算定しました。
なお、対象会社が中小企業であるが故の不安定さも考慮し、中期の5年先までは現状の経営環境が継続することは見込まれるとしても、超長期の業況まで明確に見通すことは困難と考えました。
ディスカウント・キャッシュ・フロー法による評価としては、フリー・キャッシュ・フローの5年分を現在価値に割り引いた約2億4千万円としました。
時価純資産法による評価
対象会社の直近決算の貸借対照表によれば、簿価純資産は約4億円の債務超過の状態です。時価純資産へ調整する項目として下記を検討しましたが、重要な事項は識別されず、対象会社の時価純資産法による評価は約4億円と算定しました。
・売掛金の残高や回転期間は回収サイトから見ても異常は無く、今後の代金の回収に懸念がある重要な債権は発見されていません。
・棚卸資産の残高や回転期間はリードタイムから見ても異常は無く、また評価減を認識する必要のある重要な債権は発見されていません。
・本社工場の土地には含み益がありますが、簿価と時価の差異は1千万円未満と見込まれます。
株価評価の結論
上記、ディスカウント・キャッシュ・フロー法による評価額と時価純資産法による評価額に基づき、対象会社の株価評価は備忘価額と結論付けました。
まとめ
今回の案件では、ディスカウント・キャッシュ・フロー法による評価では2億4千万円、時価純資産法による評価ではマイナス4億円となったことを考慮して、備忘価額での評価となりました。対象会社はここ数年で収益性の改善を図って黒字化に成功しているものの、未だ、債務超過を解消できる目途が立っていないというのが実態です。ただし、黒字を今後も継続して数年後に株価算定を行った時には、異なる結果になるかもしれません。短期間で債務超過を解消できることが見込まれるなら、備忘価額での評価ということとにはならないでしょう。
株価算定は複雑で専門性が高いので、疑問点などございましたら弊社までご相談ください。