自己が株式を保有する会社が合併することになり、株主は会社に対して「公正な価格」で株式の買い取りを請求するという裁判例も少なくありません。この「公正な価格」を決めるために必要なのが、株式算定です。今回は多数の裁判例の中から、旧SS社案件についてご紹介します。
旧SS社案件の概略
旧SS社は、繊維・アパレル関係の上場会社でした。
旧SS社は、旧SS社が約95%の株式を保有する子会社を、吸収合併する契約を締結した旨を2008年1月21日(2008年4月1日を効力発生日とする)に公表しました。旧SS社の株主は、この合併に反対し、保有する株式を公正な価格で買い取るように旧SS社へ請求しましたが、買取価格について双方が合意できずに買取価格の決定が裁判所へ申立てられました。
申立て人である旧SS社の株主は、旧SS社の純資産及び合併公表前の数ヶ月間の平均株価に基づき、@682円、少なくとも@537円での買い取りを請求していました。
神戸地裁は、申立人である旧SS社の株主が株式買取請求の意思表示を行い、旧SS社へ到達した2008年3月31日時点での市場価格@287円が相当しました。
背景としては、旧SS社の株価終値は、2007年4月10日@707円、5月11日@596円、8月31日@479円、10月26日@380円、12月から2008年1月21日の合併の公表までは@275円から@307円で推移しており、下落の傾向にありました。
旧SS社案件における、申立人すなわち株主側の主張
旧SS社の一般株主である、とある申立人は、本件の合併のような組織再編で株価が下落している場合には、その下落部分は組織再編に反対する株主の負担とするのは不公平であるとして、純資産価額の@682円を基本として、少なくとも@537円と主張しました。
・純資産価額による株価が市場株価を上回っている場合には純資産価額を考慮すべきである。会社法144条4項及び7項では、純資産価額方式による株価が公正な価格の最低限を画するものであることを想定している。合併公表前の2017年9月30日時点での1株当たり純資産価額は@682円である。
・市場株価法は、証券市場の株価が会社の客観的な企業価値を反映していないときには採用すべきではない。株式市場から著しく低い評価を受けて株価が1株当たりの純資産価額を大きく下回っている旧SS社では、会社の実態的な価値とは乖離しているので市場株価を採用すべきではない。
・市場株価を考慮する場合には、組織再編の影響を受けない数値を利用すべきである。
・市場株価を参考とする場合であっても、合併公表前の6ヶ月間の終値の平均値に、少数株主保護の観点から純資産価額方式も考慮して、少なくとも@537円とするのが相当である。
旧SS社案件における、神戸地裁の見解
神戸地裁は、申立人である旧SS社の株主が株式買取請求の意思表示を行って旧SS社へ到達した2008年3月31日の終値@287円が相当しました。
・上場会社の証券市場での株価は、そもそも、多数の者が会社の経済的な価値を考慮して取引することで形成されるものである。よって、仕手株のようにごく一部の例外を除けば、証券市場の株価は会社の経済的な価値を反映しており、公正な価格と考えられる。
・本件の吸収合併が、旧SS社の経済的価値を減少させるものであって、申立人である旧SS社の株主との間で公正ではないならば、調整することは必要ではある。
・本件の旧SS社の場合は、旧SS社の株価が本件合併の公表より前からもともと下落傾向にあったため、合併公表前の一定期間の平均の株価とすれば申立人に不当な利益を与えることになってしまう。
・本件の吸収合併については、旧SS社の財務数値と合併される子会社の財務数値からみれば、旧SS社の経営状況などへ与える影響は極めて軽微である。また、この合併による旧SS社の株価への影響はほとんど見られない。よって、この合併が、申立人である旧SS社の株主の利益を毀損したとはいえず、公正な価格は市場価格を基にすることが相当である。
・神戸地裁は、申立人である旧SS社の株主が株式買取請求の意思表示を行って旧SS社へ到達した時点、すなわち、2008年3月31日時点での市場価格の終値が相当しました。
まとめ
会社の株式の価値が争点となって裁判例として、旧SS社案件についてご紹介しました。
旧SS社のこの事案では、旧SS社の株価が下落する傾向にあったところで子会社を合併したという背景があります。合併に反対した株主は、旧SS社の純資産や合併の公表より前の株価での買い取りを主張しましたが、合併の影響が軽微であることなどをふまえ、神戸地裁は申立人が株式買取請求の意思表示を行って旧SS社へ到達した時点の株価が公正な価格と決定しました。
株価算定は複雑で専門性が高いので、疑問点などございましたら弊社までご相談ください。