株価算定を争点とする裁判例では、MBOや子会社の完全子会社化のために、株式を買い取ることで少数株主を排除する「スクイーズアウト」が関連するケースもあります。今回は、株価算定が争点となった裁判例の中から、スクイーズアウトが行われた旧S社案件についてご紹介します。
旧S社案件の概略
旧S社は、日用品やトイレタリー用品の製造・販売を行う上場会社でした。
平成18年10月に旧S社は業績下方修正を発表し、平成19年2月に旧S社の株式を、SA社によるTOB(株式公開買付け)とする旨を発表しました。SA社の代表者は旧S社の代表取締役会長であり、旧S社の完全子会社です。そのため、MBOを企画したと理解されます。TOBによる買付期間は平成19年2月15日から3月15日までとし、買取価格は1株当たり650円と発表しました。
平成19年5月に旧S社は、少数株主を排除することを目的として、「全部取得条項付種類株式」の取得に関連するお知らせを通知しました。
翌月、平成19年6月には、旧S社の株主総会では全部取得条項付種類株式の取得の定款変更が承認されましたが、この決議に反対した一般株主は、平成19年7月に株式買取価格の決定を大阪地裁に申し立てました。後に、旧S社は、平成19年7月に上場廃止となっています。
平成20年9月11日に、大阪地裁は公開買付と同額の@650円を買取価格と決定し、翌年、平成21年9月1日に、大阪高裁は大阪地裁の決定を変更して@840円と決定しました。
この事案の関係者の主張と大阪地裁と大阪高裁の見解は、下記の通りです。
旧S社案件における、会社側すなわち旧S社側の主張
会社側すなわち旧S社側としては、旧S社の1株当たりの評価額は、TOB価格の@650円としており、@650円を超えることは無いと主張しました。
TOBを公表した平成19年2月15日の前日の平成19年2月14日より前の一定期間の平均値にプレミアムを考慮した市場株価法を採用しており、ディスカウント・キャッシュ・フロー法、修正純資産法をも考慮しています。
旧S社案件における、申立人すなわち一般株主側の主張
旧S社の一般株主である、とある申立人は、会社のTOB価格を不服とし、ディスカウント・キャッシュ・フロー法に基づいて@3,223円の価値があると主張しました。
・旧S社は業績下方修正を公表するより前からMBOを検討しており、MBOを企画した後の市場株価は旧S社の経営陣による操作の可能性が高い。
・利益、株価が低くなる時期を狙ってMBOを行っているので、TOB価格の@650円で企業価値を評価するのは不当である。
旧S社案件における、大阪地裁の見解
大阪地裁は、平成19年2月14日前の6カ月平均の@548円にプレミアムを考慮した@650円を相当と判断しました。
・業績下方修正の公表は、市場株価を適切に形成するための適時開示である。下方修正で市場株価に大きい変動があったともいえず、MBO計画公表前6カ月間の終値の単純平均値を採用すべきである。
・客観的な時価としては、ディスカウント・キャッシュ・フローではなく市場株価を基に判断すべきであり、@650円が広範な株主の賛同を得られ市場で一定の合理性を有すると評価されたと認められる。
旧S社案件における、大阪高裁の見解
大阪高裁は、平成19年2月14日前の1年前の株価に近似する@700円にプレミアムとして20%を加算した@840円を相当と判断しました。
・MBOの準備を開始したと考えられる時期からTOBを公表した時点までの期間の株価は、原則として排除すべきであり、1年前の株価@700円は客観的な時価と考えられる。
・近時のMBOの事例でのプレミアムの平均値が概ね20%前後であること、この事案でのTOBのプレミアムが約20%であったことを考慮し、プレミアムは20%と決定する。
まとめ
会社の株式の価値が争点となった裁判例として、旧S社案件についてご紹介しました。
旧S社のこの事案では、上場会社の経営者がMBOを行って少数株主を強制的に退出させる、いわゆる「スクイーズアウト」が行われました。少数株主からの買取価格は、旧S社の株式市場での時価にプレミアムを乗せて、強制的な退出によって失われた今後の旧S社の株価上昇に対する期待件を評価した結果となりました。
株価算定は複雑で専門性が高いので、疑問点などございましたら弊社までご相談ください。