株式の売買価格について売主と買主との間で協議が調わない場合は、裁判所による株価の評価が行われます。数多くの株式算定手法から適切な手法が選択される裁判例は、株価算定を理解するにあたり、非常に大きな学びがあります。今回は、非上場会社の株価を巡る裁判例として、旧MS社案件についてご紹介します。
旧MS社案件の概略
旧MS社は電気計測器の製造販売を目的とした非上場会社です。会社の経営は順調で利益は拡大し、純資産は増加し、株主に対する配当を出していました。直近の売上高は約14億円、営業利益は約8千万円、当期純利益は約3千万円で、年間株主配当で約1千万円を支払っていました。
旧MS社の株式の約20%は代表者の一族が保有し、株主Aは約0.16%を保有しており、株主Aが保有する株式を第三者へ譲渡することについて旧MS社へ承認を請求しましたが、旧MS社は承認せずにBを買受人として指定しました。
売主側の株主Aは@2,664円を主張し、買主側の旧MS社は@960円を主張しましたが、双方の協議では調整に至りませんでした。
旧商法204条ノ4に基づく価格決定の申立てを受け、平成2年6月15日に東京高裁は、配当還元方式と純資産価額方式とを7対3の比重で適用し、@1,359円を売買価格と決定しました。
旧MS社案件における、裁判所の見解
・本件の場合、比較の対象として適切な会社が見当たらず、類似会社比準方式あるいは類似業種比準方式を採用するのは合理的ではない。
・昭和59年に、旧MS社の株式を保有する金融機関が、旧MS社の株式を、旧MS社グループの持ち株会へ@700円で売却している。取引事例としてどのように考えるべきかということであるが、この@700円という価格が客観的な交換価値を適正に反映したものであるということを認めるに足りる文書や資料が無く、取引先例価格方式を採用するのは合理的ではない。
・旧MS社の株主構成は、投資育成会社約26%、代表者の一族約20%、A約14%、金融機関A及びBが各7%、役員及びその一族約5%、従業員その他の株主約50名で約20%となっている。本件の売却株式の構成割合は約0.16%と僅少であり、会社の経営支配権に影響を及ぼすものではなく少数株主にとどまることを考慮すれば、収益還元方式を採用することは合理的ではない。
・旧MS社は名目資本と実質資本の乖離が大きいことから簿価純資産方式は適しておらず、純資産の観点から評価するなら、時価純資産方式は合理的な面はあると考えられる。ただし、この時価純資産価額方式は、事業が継続しているにもかかわらず会社が清算することを仮定して会社の資産を時価で評価するものであるから、時価純資産方式だけで本件の株式価値を評価すべきではなく、配当還元方式の修正要素として利用すべきと考える。
・配当還元方式は、株式の売買の両当事者が配当のみを期待するような場合には適している。本件の場合は旧MS社が配当を支払っている実績があり、配当が期待される部分は認められるであろうことから、基本的には配当還元方式は合理的と考えられる。しかし、株式は配当をもたらすものであると同時に株式は会社の資産を化体したものであるという視点で評価するべきと考えられる。本件の場合、配当還元方式だけではなく、時価純資産方式も加味した株式の評価を行うことが相当である。
・以上を総合的に検討した結果、配当還元方式と時価純資産方式を7対3で適用し、@1,359円を売買価格と決定する。
まとめ
会社の株式の価値が争点となった裁判例として、旧MS社案件についてご紹介しました。
この事案では、裁判所は、基本的には配当還元方式を採用することが相当としつつ、時価純資産方式を修正要素として、折衷した評価額を算定しています。
株価算定は複雑で専門性が高いので、疑問点などございましたら弊社までご相談ください。