ブログ

複雑な条件が絡む株価算定の裁判例(旧TC社案件)

合併や株式移転などの組織再編に賛成できないとき、株主には、会社に対して自己が保有する株式の買い取りを請求できる権利があります。しかし、複雑な社会的背景が絡むことで、株価算定にも大きな影響を及ぼし、決定が出るまでに数年を要することもあります。今回は、株価算定が争点となった裁判例の中から、旧TC社案件についてご紹介します。

旧TC社案件の概略

旧TC社は、ゲーム用機器等を扱う上場会社でした。

旧TC社と同業で上場会社の旧SE社が、2008年8月29日に、旧TC社に対して1株当たり@920円でのTOBを提案した旨を公表しました。この提案を受けた旧TC社は社内で検討した結果、2008年9月4日に、旧SE社ではなく旧KO社との経営統合を進めていくことを公表しました。旧KO社は、旧TC社及び旧SE社と同業の上場会社でした。

旧TC社としては、旧SE社に買収されるのを断って、友好的な第三者であるホワイトナイトとして旧KO社に買収される方向に進んでいきました。

旧TC社と旧KO社は、2008年11月18日に、株式移転によってKTHD社を新しく設立し、旧TC社と旧KO社はKTHD社の完全子会社となる計画を公表しました。この株式移転では、旧TC社の株式1株に対してKTHD社の株式を0.9株、旧KO社の株式1株に対してKTHD社の株式を1株割り当てるということが公表されました。

その後、2009年1月26日の旧TC社の株主総会では株式移転が承認され、2009年3月26日に旧TC社は上場廃止となりました。

旧TC社の株価は、株式移転の計画を公表した翌日に急落し、その後に回復に転じたものの、上場廃止までは総じて下落していました。

旧TC社の株主であったXは、旧TC社の株主総会の前に旧KO社との経営統合に反対する旨を旧TC社へ通知しており、旧TC社の株主総会では旧KO社との経営統合に反対し、2009年2月12日に、旧TC社に対してXが保有する株式を@920円を公正な価格として買い取るよう請求しました。

しかし、旧TC社は公正な価格は@620円と主張し、協議が整わずに裁判所へ買取価格の決定を請求しました。

公正な価格について、Xは@920円と主張し、旧TC社は@620円と主張していたところ、2010年3月31日の東京地裁の第一審では、組織再編がなかった場合の株式の客観的価値すなわちナカリセバ価格として、@747円と決定しました。

X及び旧TC社がこの決定に対して東京高裁に即時抗告の申立てを行いましたが、2011年3月1日の東京高裁は双方の抗告を棄却しました。

2012年2月29日の最高裁の判決では、株式移転比率が公正と判断して原決定を破棄差戻しとなり、これを受けて、2013年2月28日の東京高裁では株式買取請求日である2009年2月12日の終値の@691円を決定価格としました。

旧TC社案件における、申立人すなわち売り手側Xの主張

この案件の申立人となった旧TC社の株主Xは、株式移転を公表する前の旧SE社からのTOBの提案に基づき、@920円が公正な価格であると主張しました。

・上場会社の株式の客観的価値は基本的には株価で判断すべきである。

・株式移転を公表した後に株価が下落しており、経営統合の手段となった株式移転でマイナスのシナジーが発生したと考えられる。

・公正な価格は、株式移転を公表する前の市場価格とすべきである。

・旧SE社からのTOBの提案に基づけば、@920円が妥当である。

旧TC社案件における、買い手側旧KO社の主張

旧KO社は、株式移転でマイナスのシナジーは発生していないことを前提に、株式移転の効力発生日に近接した市場株価の終値平均@620円が公正な価格であると主張しました。

・株価が下落したからマイナスのシナジーが発生したとは言えず、株価の下落はリーマン・ショックに起因する金融危機や大株主による旧TC社の株式の売却によるものであって、企業価値が毀損したというわけではない。むしろ、株式移転によってプラスのシナジーが発生している。

・公正な価格は、企業価値の増加を適切に反映したシナジー反映価格とすべきであり、株式移転比率は適切にシナジーを反映したものである。

・公正な価格を算定するにあたり、株式移転の効力が発生する日である2009年4月1日を基準とすべきである。この日に近接した2009年2月27日から3月26日までの終値平均の@620円を公正な価格とすべきである。

旧TC社案件における、東京地裁の見解

東京地裁は、株式移転が公表される前の1カ月間の市場株価の終値の出来高加重平均値で算定した@747円が相当としました。

・株主価値が毀損されるような特段の事情が無い限り、株式移転は当時会社にとって公正に行われたと考えられる。旧TC社の場合は、旧TC社の株価が株式移転を公表した翌日に大幅に下落した後にも株式市場全体の株価推移と比較しても下落して推移していることから、株式移転によって旧TC社の企業価値が毀損されたと考えられる。

・旧TC社の株価は、株式移転を公表した翌日に大幅に下落し、その後も株式市場全体の株価推移と比較しても下落して推移していること等からみれば、株式移転比率は経営統合による企業価値の増加を適切に反映したとは考えられない。

・公正な価格は、株式移転の効力発生日を基準として、本件の株式移転比率に基づく株式移転が無かった場合の客観的価値で算定すべきである。

・この客観的価値は、経営統合に向けた協議の開始の公表後で、株式移転の効力発生日に近接しており、株式移転の影響を排除でき、株式移転の内容が公表された前日までの市場株価を参照して算定するべきである。

・具体的には、株式移転が公表された2008年11月18日より前の1ヵ月の市場価格の出来高加重平均値で計算すべきであり、株式買取請求に係る買取価格を@747円と決定する。

旧TC社案件における、即時抗告に対する東京高裁の棄却

X及び旧TC社は第一審を不服として即時抗告の申立てを行いましたが、東京高裁は第一審の買取価格が公正な価格と判断して双方の抗告を棄却しました。基本的には、第一審と同じく、株式移転の公表直後に旧TC社の株価が急落したことを重視していると考えられます。

・株式移転比率は経営統合によるシナジー効果を適切に反映したものではないから株価が急落したと考えられる面がある。

・株式移転が無かったら有していたと考えられる客観的価値で公正な価格を算定すべきである。

旧TC社案件における、最高裁の判決

第一審では株式移転比率の公表直後の旧TC社の株価急落を重視していましたが、株式移転比率が公正という立場から、第一審を破棄差戻しました。

・株式移転比率公表直後の旧TC社の株価の急落をもって、株式移転比率が経営統合のシナジーを適切に反映したものではない、とまでは言い切れないのではないか。

・旧TC社と旧KO社の間には資本関係が無く、独立した当事者によって組織再編が行われている。

・旧TC社は、適時開示として株主の判断に必要な情報を提供しており、株主総会で適法に承認されている。

・特に、株主総会で株主の合理的な判断を妨げるような状況にはなく、株式移転比率は公正とみるのが妥当と考えられる。

旧TC社案件における、東京高裁の見解

2013年2月28日の東京高裁では、株式買取請求日である2009年2月12日の終値の@691円を決定価格としました。

・旧TC社の株価は一時的に上昇したことや、旧TC社の株価の下落の要因にはリーマン・ショックの影響があるということを総合的に勘案すれば、両者の経営統合計画に基づいた株式移転によって旧TC社の企業価値の増加を見込むことができ、旧TC社にはプラスのシナジー効果が生じていると考えられる。

・公正な価格としては、買い取り請求を行った時点での旧TC社の市場価格である@691円を買取価格とすべきである。

まとめ

会社の株式の価値が争点となった裁判例として、旧TC社案件についてご紹介しました。

この事案では、株の売り手側が2009年2月に公正な価格での買取を請求してから、2013年2月に東京高裁で決定されるまで、4年かかっています。

本件の公正な価格は、最終的には株式買取請求日の終値とはなりましたが、複雑な事案です。本件は、TOBの提案を受けてからホワイトナイトの登場、株式移転の計画と株式移転比率の公表と、公表してから上場廃止までの株価の急落と一時的な上昇、リーマン・ショックが株式相場に与える影響など、検討過程には色々なことが絡んでいます。

株価算定は複雑で専門性が高いので、疑問点などございましたら弊社までご相談ください。

関連記事

  1. 複数手法を用いた株価算定の裁判例(旧FD社案件)
  2. 合併に対する株式買い取り請求時の株価算定方法は?旧SS社の裁判例…
  3. 買取価格に関する株価算定の裁判例(旧DS社案件)
  4. 株価算定手法の選び方~株価算定の裁判例(旧MYJ社案件)
  5. 少数株主の立場は?非上場会社の株価算定の裁判例(旧MKS社案件)…
  6. 約650億円の損失を招いた株価算定の裁判例(旧TH社案件) その…
  7. 非上場会社の株価算定の裁判例(旧MS社案件)
  8. 合理的な手法を選ぶには?株価算定の裁判例(旧KS社案件)
PAGE TOP